Chloroware開発日誌(若旦那のブログ)

私の人生と「数学」

time 2018/12/23

みなさまおひさしぶりです。若旦那です。しばらくぶりのブログ更新になりましたね。今回はいつものような趣味の記事ではなく、筆者自分自身に関する話を書きます。

なぜ数学なのか

年末のシーズンなので、一年を振り返る人も多いはず。私も最近よく振り返る。毎年振り返る。

でも振り返る際、高頻度で「数学」に関して思うことがあることに気付いた。

ということで数学についてちょっと書こうかなと。

 

「数学」を振り返る

 

中高時代

私は中学高校時代、数学は好きだった。数学の問題を解いてるのは楽しかった。

他のどの科目よりも勉強した時間は長かっただろう。

数学が好きな友人とよく数学の問題について話し合ったりもした。

私の数学の成績はそこまで悪かったわけではないが、友人達の成績は群を抜いていたし、話をする時も自分には思いもつかないような発想が閃く。

自分が勉強不足なのは重々承知しているが、勉強をするだけでは同じレベルには到達できないような気がしてならなく、劣等感をかなり抱いていた。

自分は勉強が嫌いなわけではなかったので、例えば化学を本気で勉強すれば化学の順位は上位を取れたし、地理や歴史も勉強すれば上位を取れた。でも数学は無理だった。

私は思った。

「数学はセンス!w」

学問は色々とあるが、私は数学はどの学問よりも「センス」を要すると思う。

そう、芸術よりもセンスがいると思う。センスというよりは、むしろ「運動」における「運動神経」に近いかもしれない。私はこれを「数学神経」と呼びたい。

中高時代、私が思ったことは次の通り。

私は「数学神経」が悪い!

受験期時代

受験勉強をしていた頃、私は東京大学(理系)を目指していた。高校はそこそこの進学校で、同じ志望の人間20人くらいで形成されたクラスだった。

1学期の数学の授業では、学校謹製の問題集を使って生徒がみんなの前で解くスタイルだった。

問題の難易度は東大入試レベルあるいはそれ以上で、生徒は家でゆっくり考えて解いてくることができる。

みんなの前で解くのは早い者勝ちだったのでやはり「数学神経」のいい人がいっぱい解いていた。

私はそれなりに時間を割いて解いてはいたが、「数学神経」の優れている友人にはやっぱり圧倒されていて毎日のように劣等感を抱いていた。

数学ができる人が多いクラスで、休み時間も数学の話をしている人が多かった。

劣等感から話に入りたくもなかったしそもそも何もわからないので話に入れなかった。

同じ東大志望のクラスでも隣の文系クラスはゲームとかアニメ、恋愛とかの話をしていたし、理系の下のクラスもそんな感じだったので私は休み時間はずっとそれらのクラスの生徒と仲良くしていた。

このタイミングで完全に数学から距離を置くようになってしまった。

2学期以降、授業は次第に入試に特化した形になってきた。僕の数学嫌いにさらに追い打ちをかけた。

時間をかければ解ける問題をゆっくり解くのが好きだったが、ここではシビアな時間制限のもと解かないといけない上、解けなかった問題は自分で考えることもなく答えをネタバレされた。おまけに点数は当然のように悪いので虚しさしかなかった。

受験生時代は、数学に馴染めず、クラスに馴染めず、それがある程度受験勉強のモチベーションを落とした。私はTwitterに専念した。

受験

受験、見事に数学でコケた。なぜか難しめの問題2問完答できたが易しい問題を完全に勘違いして間違えた。ここができたら受かった。(国語が悪すぎたのでそっちのせいにするべきだが、落とした問題が簡単だっただけあって後悔がひどかった)

受験に落ちた!w

 

大学時代

後期入試で国立大学に入った。私は情報科学を学ぶことになった。

もともとコンピュータが好きだったからとりあえずこの学科を選んだのだが、のちにめちゃくちゃ後悔することになった。

後悔した理由、それも結局「数学」

先述の通り、受験時代に完全に数学が嫌いになったので私は大学ではとにかく数学から離れたかった。

しかし情報科学は数学からは切っても離せない関係で、データ処理、機械学習、並列処理とあらゆるところで数学を取り扱わなければならない。

演算に関しては計算機に任せればいいが、それでも難しい数学の概念を勉強しなければならず、私の体はそれを拒んだ。

プログラミングとかネットワークとかシステム周りだけを学びたかったが、大学のカリキュラム上数学を避けられなかった。

大学に全然行かなくなった。

 

数学講師時代

私は現在、塾で中高生に教えているのだが、皮肉にも数学も教えている。

教えているときには、「数学嫌い!」とは思わなくなってくる。

「数学神経」のいい生徒と悪い生徒が顕著にわかって、なんとも微妙な気分になってしまうからだ。

「数学神経」のいい人は新しくやる分野の内容でもすぐに理解できるが、悪い人は手も足も出ない状態。

中学では「文字式」「方程式」「座標」「空間」、高校では「三角関数」「対数」といった新しいことが出てくる。

新しいことだからみんなわからないのは当たり前。

成績の悪いクラスは、平均的に理解できない人が多かった。

でも成績のいいクラスは全然違う。

「数学神経」のいい人は少し見ただけで理解してしまう。

それに対して、わからなかった人は「なんでお前それわかんの!」と口に出してしまう。

教えているとき、まるで過去の自分を見ているかのようで、応援したくなる気持ち溢れる。

僕と同じような道を経て数学が嫌いになってしまう人を生み出してはいけない、と心から思った。

結局何が言いたかったの?

ここまで書いたが、書いてるうちに何を訴えたくなったのか自分でもわからなくなった。

数学について日常的に感じてる不満を吐き出したかっただけなのだと思う。

読んでくれてありがとうございました。

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